旅にグレイハウンド

西海岸をグレイハウンドで行く

バンクーバー留学日記 2

 

 

 

日々がするすると過ぎる。

 

同じ幼稚園に通った友達が、自らの目的地に着く前、トランジットでバンクーバーを訪れてくれた。

彼女とは多くの時間を過ごしてきたわけではない。不思議に、ほとんど真逆と言っていい選択をしてきた。幼稚園も小学校もクラスはほとんど別のほう、生活の拠点を私は大阪に持ち彼女は東京へ。カナダ留学という共通点も、私は西のバンクーバー、彼女は東のトロントと分かれ。好きなアメリカの街、私はロサンゼルスとサンフランシスコ、彼女はフロリダ。だから人生のほとんどを共有していない。それなのに会えば話は弾み、2人でよく食べる。

彼女の訪問はじっさい救いだった。ということは、さらさら過ぎるように感じていた生活も、どこかで負担だったのだ。天使は下界に現れるから輝く、熱中症のときの水は甘い味がする、スイカにまぶす塩。

 

男性2人そのうち1人は忌避すべき共通の常識を持つ日本人であること、学校の授業をうまいこと楽しめないこと、あまり友達ができないこと、カナダドルの価値だけでなく物価も飛躍的に上がっていて外食をできないこと、職探しや家探しの不安、言われて嫌だったこと、誰にも相談できずにひとつひとつ対処していっているのだから、隠れたストレスはかかって仕方がないのだろう。

ノーストレスで生きているから、人よりも楽をしているから、そう信じているから、知らず知らずに内臓を押し潰す圧力に気づかずに歩いてしまうのだ。

 

とはいえ日々はおもしろい。

たとえば、バンクーバーで働く準備をするのは、なにかゲームをクリアしていくような感覚だ。

 

1、入国時にビザをもらう。ワーキングホリデーならワークパーミットを、コープという学校とインターンセットのビザならスタディーパーミットとワークパーミットを。豪奢で分厚い紙を、「どこに行くにも持ってくんだよ」という言葉と共に政府の人にもらう。これを私は分厚い八つ折りにしている。

2、SIN番号というのを取得しに行く。ソーシャルインシュランスナンバー、社会保険番号だ。たとえパートタイムでも、働くにはこれがいる。ダウンタウンのService Canada Centreというところに行く。薄暗いオフィスで、人がたくさんいる。受付でビザとパスポートを見せ、椅子に座って待つ。朝から行けばたぶんすぐ、昼下がりなら1〜2時間待つ。私は以前の滞在時に取得していたので、カウンターの人はSINを発行する代わりに情報の更新と番号の再通知をしてくれた。セキュリティ質問の設定など、政府の人の言う通りに大人しくしていれば番号はもらえる。

3、銀行に口座をつくりに行く。学生や短期滞在者は、まずTD(The Toronto-Dominion Bank)というところを選ぶ。口座の維持にお金がかからないからだ。これも私は以前カナダに来たときにつくっており、セキュリティ質問やSIN番号の再提示などを経てカードを再発行してもらった。新しく口座をつくるほうがお得なプランがあったり物事もスムーズだろう。

5、カナダに6ヶ月以上滞在する場合、MSP(Medical Service Plan)というのに加入しなければならない。正直知らなかったし以前は加入していなかったのだが、後々面倒なことになったら嫌なのでよくわからないまま加入した。申請から3ヶ月後くらいに正式に入れるらしい。

6、学生のうち、パートタイムで働くなら飲食業がいちばんメジャーだ。サーバーをするなら、Serving It Rightという資格が必要になる。アルコールを提供するポジションにつくため、正しい扱い方を学びましょうという資格だ。35ドル+税かかる。軽く働くためにお金を使うのは嫌いだし、資格はインターネットで取得できるのでカンニングし放題で意味がない。存在意義には懐疑的にならざるを得ない。

7、レジュメ=履歴書をつくる。とにかくアイキャッチの力の強いやつ。

 

そしてレジュメを何枚も配り、なんとか職を見つけなければならない。先進国というのは、中に入るのが難しいなあ。しかしまあ日々、穏やかに過ごしながらカフェなんかでパソコンを広げてこういうことをするのはなんとなく楽しいものだ。

バンクーバーにはカフェが多い。白人たちはカフェインに強くない場合もあるので、カフェインレスのオプションも豊富だし、ノンデイリー(乳製品でない)ミルクの選択肢もずっと昔からたくさんある。大学やカレッジがたくさんあるので、カフェで長時間過ごす学生も多い。

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クッキーを食べ コーヒーを飲みながら、翻訳の勉強やSIRの資格を取ったりした。

訪れたCommercial Driveという道のあたりは、この街のリトルイタリーらしい。電柱には緑白赤のマークがぐるり、カフェはエスプレッソやジェラートを出すところも多かった。私が行ったJJ Bean Coffee Roastersはバンクーバーの街に何軒かあるスタンダードなカフェだが、またいろんなカフェを覗いてみたい。

 

英日翻訳というのは、やっぱり英語の問題ではなく、日本語の話だ。受け取り手のことを考えて、どのように易しい文章に噛み砕くか、同時に原文の正しさを保ち続けるか。ぜんぜん両立しないふたつに苛立ち、無為に時間は過ぎる。学校の授業は勉強になるが、発言しにくくてときに眠気を誘う。しかしこうして授業以外の時間も翻訳に触れることで、自分のやりたかったことをできるんじゃないかと希望が見える気がする。AIに押し流されて斜陽産業となりつつある分野だけど、どうにかして翻訳を仕事にできたらいいな。生きるための生業に。

 

ところで物知りのルームメイトに教わったマーケットに行くと、非常に安く野菜が買えて嬉しかった。

Shanghai Bok Choi(おそらくチンゲンサイ)$2.35≒243円

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Spinach(日本のほうれん草とはちょっと違う)すごくたくさん

$5≒517円
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Mini King Oyster Mushroom(小さなエリンギ)2パック

$3≒310円

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他にも小ぶりのトマト5個くらいで180円くらいで、ほくほくの買い物だった。

煙草やお酒にかかる税金が高かったり、洋服に国と州ダブルで税金を取られたり、レストランの食事料金が上がってしかもチップも豊富に払わなければならなかったり、余剰分にはお金がかかるけれども、自炊をしてつつましく過ごす分にはやり方がいくらかある、という印象だ。

とはいえシャワルマもチキンオーバーライスもコリアンチキンもケバブも麻婆豆腐もsushiもramenもバインミーもフォーもプーティーンもパイもタルトもクレープもジェラートもクロワッサンもぜんぶ身近に並ぶ街で、いつまで食指を縛っておけるのだろう。

 

穏やかに過ごしているが、街では気を抜くと尿や汗の匂いが漂う通りに出る。

ダウンタウンでは当たり前に人々がマリファナを燻らして歩いている。

バスでは独り言を呟き続け時々爆発する人や首をがくんと折ってうずくまり動かない人を頻繁に見かける。

カナダに到着する前、トランジットのアメリカはシアトルで、人種差別に遭った。それはほんとうに遭遇、というような感じだった。去年の北米西海岸縦断で、一度も差別的な扱いを受けなかったから。彼は私の目を見ずに私に国に帰れと言った。問題なのは私ではなく、差別ですらなくて、彼の心なのだと思った。日本に帰るなら、帰る前に北米の負の部分にも触れて温度を感じなければならないと強く思う。

 

負の部分といえばもちろん日本人の共通認識のようなものにも宿っている。

ルームメイトの男の子はおもしろく、第一印象からすごく感じが良かったのですぐに仲良くなった。しかし2週間で、印象を良くするために彼がいかに細心の注意を払っているか、そのため私がそうしないことに対していかに理解ができないでいるか、が明らかになった。東京の子なので、ルッキズムが大阪より激しいのかもしれない。モテの話をしていて流れでアドバイスを求めると、見た目のことについて指摘されたので私はショックだったしかなり予想外だった。100%内面的な部分の軽いアドバイスがあると思ったからだ。それはもちろん少し前に「お前は人との距離感の取り方がおかしい」と頼んでもいない指摘をしてきたことにも依る。

彼は個人的な好みに一般的な意見を織り交ぜて、いちばん傷つく形で私が太り過ぎているという旨のことを言った。それだけでなく、女性は基本的にあらゆることにおいてパッシブな弱者であるという認識が見えた。

 

私は、自分の見た目が優れているとは思っていない。人より身体が大きいし痩せにくいので、いつも自信が持てずにいた。しかし最近、太ってるのも悪くないかなと思って、少しずつしたい格好ができるようになってきた。鏡を見てかわいいと何度も言うのは、もはや洗脳のような趣きもあるかもしれない。そしてそれは成功していた。私は自分をかわいいと思うことに人生でやっと成功したのだ。

そこで日本の、モテの中心にいるような、合理的で正しい、男の子に見た目を変えるよう指摘されたのはかなり苦しかった。まだぜんぜん大丈夫じゃない。でもまあこれも過去になる、きっと大丈夫になるときがくるのだろう。

 

アメリカ人男性が「お前は国に帰れ、ここはアメリカやぞ」と言うように、日本人男性は「女は痩せてる方が得に決まってる」と言う。それだけのことだ。どちらも遠い他人の言で、美しく独立した動物である私には関係ない(と言い聞かせる)

 

 

ところでこのブログの趣旨は旅であるのに、かなり逸れているのが気になる。

長い長い旅の気まぐれに書きつけた心情には面白みがないかわりに湿度やその重さがある。

とはいえ普段の旅のさなかもほとんど自分の感想くらいしか書いていないので変わらないのかなとも思う。

 

もう少し海外の、お外の、雰囲気を出せるようなブログを書こう。次からね。