おら〜!
今日は朝から世界遺産を見に行くので早起き。暗いなか 部屋でごそごそ用意していたのは私だけではなく、ヨーロッパ人の女の子もだった。
今 泊まっているホステルが、ホステルに泊まったことない人が作ったんやろな〜という設計で非常に使いにくい。
自分的にいいホステルというのは、
・トイレ、シャワーが(できれば洗面台も)別々
・フックが多い
・ベッド下の収納、大きくて開け閉めしやすい
・照明が明暗2段階あるいはトイレ付近と部屋全体が分かれている
・電気のコンセントの周りになにもなく変換器が付けやすい
などで、バルセロナやセビーリャ、マラガのホステルではぜんぶ満たされていた。ああホステルに泊まったことのある、バックパッカーの需要を分かっている人が作ったんだなあと思ったものだ。
しかし今泊まっているホステルはすべてを満たしていない。それでヨーロッパ人の女の子と暗い中で文句を言い合った。
スペインよりも夜明けが早いなあ


満員の通勤バスに乗らせていただく。
20分ほどで世界遺産 ジェロニモス修道院に到着、9:30に開館のところを8:30に着いたのは、チケットを持っていないからだ。オンラインチケットがまたしても売り切れていて、ヨーロッパの観光は難しいなあと思いながら学ばない……!
出勤してきたおっちゃんに チケットオフィスどこかきくと、「あっちの公園の鏡張りの箱だよ。でも今日はストライキだから人が来るかわかんないなあ」とのこと。
ストライキか……………
インターネッツで調べていたのだが、当日チケットは長蛇の列だそう。しかしチケットオフィスの辺りに行っても誰もいない。早く来すぎたかなあ、と思って歩いて10分(坂)のスーパーに。
朝 ホステル一回の給水機のお水がなくなっていた(なぜ)ので水筒を持ってなくて、道中で昨日のフォカッチャをつまみながら来たので喉がカラカラなのである
お水は スペインの最安値が€0.26なのに対しポルトガルでは€0.32、ちょびっと高い。
チケットオフィスはほんとに鏡張り。
しかし9時に開いたオフィスは、じつは観光案内所のもので、リスボアカードという観光共通券を買う場所のよう。
あとで来たカップルと私を見た 案内所のお兄さんが「ここではチケットは買えない、向かいの建物で買えるが ストライキの日なので9:30にならないと開くかわからない。リスボンでは金曜日はたいていストライキが起こる。」と簡単に説明してくれた。
金曜日にたいていストライキてなんやねん。週末長くしたいだけやん!!
私が「はは〜毎週ならチェックしとくべきだったね」と笑うと、カップルは「私たち今日が最終日なのよね😣」と悲しそう。そらそういう人もおるやろうなあ。見たところ観光業が盛んで飲食店も地元よりは観光客に向けてやってるみたいな街やし、その辺ちゃんと賃金上げて悲しい思いする人減らしたら〜?って思うけど!
リスボアカードは€32とかして嫌すぎるし、学生証を有利に使いたい私はお兄さんに相談する。「学割効かせるなら 開くかわからんけどチケットオフィスの前で待つのが最善ですよね?」しかし「学割は24歳以下なんだよ」とのこと。
見かねて「9:30からミサがあるからそこに参加してみたら? 無料だし、バスコダガマのお墓は教会内にありますよ」と助け舟を出してくれる。「でも私……(but I'm not……)」クリスチャン?カトリック?じゃないと言いたくて言葉が出て来ずにいると、「まあトライしたら?」と肩を上げるお兄さん。
まあ その国の人がそう言うなら、と修道院に近づく。

すげー!
1502年着工、マヌエル1世によるマヌエル様式最高傑作。バスコダガマが アジアまで渡って胡椒を持って帰ってきて、航海にかかったお金の70倍の利益を出したおかげで建てられた修道院。夢があるよなあ
そういう話を聞くたびに 人類の全盛期はもう過ぎたんやろうなあと思う。そうやって馬鹿みたいな額のお金を、こういう国家事業や宗教的建造物にどばっと使うことはもうできないもんね。それに代わって この時代の庶民が渇望した平等や自由が今の庶民にはあるのだから、全盛期ってのもミクロかマクロか、視点によるんやろうけど。

9時をすぎると扉の前に柵がかかって、黒い服のおじさんが立つ。キャップを脱いで「ミサを見たいんですがいいですか」と訊くと、二つ返事で入れてくれた。
しかし
この写真を撮った瞬間 別の制服を着たおじさんにめちゃくちゃ怒られた。「写真撮るなら君はビジターだ、出て行きなさい」と。「もう撮らないよごめんなさい」と言うもおじさんは怒っている。すると黒い服のおじさんが何かを話してくれた。「出て行かないとだめですか?」と訊くと、「ちゃんと座って、写真はだめ、歩き回ったらだめ、ミサに参席するんだから」と諌めつつ、「いていいよ」と言ってくれた。
私はかなり後悔(大航海時代だけに)。今までも宗教施設にお邪魔してきたけど、信仰を茶化すようなことはしたくなくて、お祈りとかには参加しないようにしてたのにな。チケットオフィスのお兄さんが言うならええか、他の人もしてるかもしれんし、と思ったのが軽率で他責思考だった。
でもまあ、おってええと言ってくれたからには参加しようと気持ちを切り替えて、そこからたっぷり1時間 教会で時間を過ごした。
ミサが始まるまで30分、ミサが30分。しかしまあやはりステンドグラスや内装がとても凝っているので、言葉がわからないなりにあんまり退屈しなかった。その辺もカトリックの仕組みがよくできてるってことなんかも。
あとミサが始まると 立ったり座ったりしないといけないので油断できなかった。
お布施を集金したり 開会の挨拶みたいなんをしたり 司教さんをサポートしたりするのは、普段着の有志のおじちゃんおばちゃん達みたいだった。
司教さんは、入場と退場の際1回ずつ机にキスしてた。キスが聖なる行動なのちょっとおもしろい。あと 終盤になるとパンらしきものを食べてぶどう酒らしきものを聖杯らしきもので飲んでいたけど、仕事のなかに飲食することが含まれるってすごいよなあと思う。これは芸人とか芸能人とかを見てても思うが。自分の体内になにかを入れることが仕事のうちなの リスクとコスト高すぎる。
最後、信者たちが司教さんの前に並んで、パンらしきものを食べさせてもらっていた。それぞれもらう前に祈ったり 跪いたり 背が高かったり するのだがそれに司教さんは合わせていておもしろかった。
信者はほとんどがポルトガル人っぽかったが、少しだけフィリピン系やインド系に見える信者もいた。しかし皆一様に敬虔そうで、椅子に座る前に片膝をついて十字を切っていた、膝が悪いと大変そうやなあと思った。
信者ではない私は 十字はもちろん切らないけど、静謐な気持ちで座って(ときに立って)いた。これを子どもの頃から毎週必ず繰り返したなら、神を信じるか否かとはまた別のところで宗教心というのは生まれるのかもなあとか思いながら。
というのも、私は日本で行う法事を必要な時間だと知っているからである。亡くなった家族を普段忘れることはないので一年ごとに思い出す必要はない。しかし節目で 形式に頼って普段聞かないお経を聞いて、お線香の匂いを嗅いで座っていることは、そういう習慣は、生活の中で頭を静かにするために必要なことだと思う。システムは、思考が介在せずに済むだけに ときに説得力がある。
カトリックのシステムのなかで育った人たちが十字を切ることは、安らかなことだろうと想像する。


去り際にちょっとだけ写真を撮った。装飾の美しい教会だ。あと、司教さんの歌パートが一瞬あったのだが、マイクを通した声がよく反響した。聖なる感じの啓示が反響して聞こえる表現ってたまにあるやん?……自分を呼ぶ声がする描写とか、アニメとかで………ある気がするんやけど、その大元ってここかなって思った。教会は声が反響しやすいように できてて それ自体が楽器なんだな〜。
バスコダガマの棺らしきものは チラ見して まんまんちゃん、と心で呟いた(他宗教)。
冷やかすつもりもなく 大人しく脱帽して周りに合わせてたからめちゃくちゃ不快な存在ではなかったやろうけど、やっぱり宗教や思想の関連する集まりに野次馬するのはよくないな、よっぽどの機会がない限りもうやめよう、と思った。

いやあしかし寒かった。外は20度以上あるのに、教会のなかっていつも思うけど寒いなあ。
太陽の光はステンドグラス越しの限られたものだけやし、ほの暗いし、石造りで夜の寒さを蓄えた教会は寒い。
日光に感謝しながら、スーパーで買った生搾りオレンジジュースを飲む。
それから少し川の方へ歩いて、発見のモニュメントの方へ。
1940年の万博のため建造され、1960年にエンリケ航海王子没後500年記念でコンクリートで立て直されたモニュメント。
すぐ近くの地面には世界地図が。ポルトガルがその土地を発見した年がそれぞれ書いてある。
日本は1541年やって。1543年に種子島に鉄砲が伝わる前に 大分に来てたらしい。それから1549年に鹿児島にフランシスコザビエルが来たそう。

なんか北方領土でかい。四国ちゃんと描いてくれて嬉しい。
発見のモニュメントはなかなかにかっこいい像で、かっけー!と何度も呟いた。
みんな用事ありげに十字架とかいろいろ運んでて躍動感がある。
先頭のエンリケ航海王子の颯爽とした立ち姿がかっこいい。

裏側。
なんかみんな同じ髪型でかわいい。
この人たちのおかげでヨーロッパは発展し、この人たちのせいで世界のいろんな部分が暴かれ搾取が生まれたんだなあ。
少し西に行ったところに もうひとつの世界遺産、ベレンの塔があるのだが、工事中で閉まっていたのでスルー。

すぐそばがマリーナなので船の出入り口があり 道が続いてなかったのでやる気をなくし、近づくこともしなかった。
ベレンの塔もジェロニモス修道院と同じマヌエル様式で、16世紀に建てられた。川の出入りを監視したり、囚人を閉じ込めたり、要塞になったりしたらしい。
ヨーロッパの古くてでかい建物は、その古さとでかさゆえに建て替えが簡単にいかなくて 常にリユースされているからいいな。千年前まではモスク、五百年前まではお城、百年前までは要塞、あらゆる時代を 宗教を 超えて大事にされるものって美しいね。美しいから大事にされるのもあるんやろうな。
ここから海岸沿いに歩いたら20分で着くMAATという美術館に行くことに集中しすぎて、私は重大なミスを犯した。
ジェロニモス修道院のキッチンで生まれたあるスイーツは、18世紀以前まで秘密で作られていた。1820年の自由主義革命により修道院が閉鎖されると、収入を求めて修道女がそのレシピを売った。それを元に開かれたお店がパステイシュ・デ・ベレンというジェロニモス修道院のすぐそばにあるパステル・デ・ナタがそのルーツを持つお店なのだ。
こんなにナタナタ言ってるのに、忘れるなんて悔しい。
しかもMAAT、アート・建築・技術美術館は屋根からの景色がいいだけで



中はよくわからんうねうねとか、
シシガミ様が入ってそうなんとか、
ちょっとしかないのに学割で€8(≒1,480円)もして憤った。
ジェロニモス修道院にズルして入ったからしゃーないか。€8でパステルデナタ4個は食べれたな〜。
若干の空腹を覚えたので バスに乗って行きたかったスープ屋さんへ
Googleマップの営業時間、朝9時〜朝7時なんやけどほんまなんやろうか。朝7〜9時しか閉めてないってこと? 朝8時がいちばんスープ飲みたいですけど
A Marendeira

ケールのスープ €2.4(≒)
いちごのドライフルーツ乗せられた、と思ったらチョリソやった。これがしょっぱくて味が滲み出て美味しい。
スープは健康そうな味がして美味しかった。スープって時点でだいぶ美味しいしな〜。ふつうはチョリソを挟んだサンドイッチと食べるみたい。
私は胃腸の機嫌がすこぶる悪いのでスープのみ。
古くて暗い店内には、おじちゃんたち。

この隣が 明るく今風のコーヒーショップだったのだが、若者や若夫婦でものすごく繁盛していて対照的だった。
リスボンでは英語がどこでも通じるし、おしゃれなお店が多い。ご飯を食べようもんならテーブルにロウソクやお花が置いてあるようなお店か 超観光地向けのぴゃらぴゃらしたお店ばかり。コーヒーを飲もうもんなら 入り口すぐに店のロゴ入りTシャツやキャップが置いてあって週末にはDJブースも出しますよみたいなカフェばっかり。
しょうじき、おっさんが行くところがいちばん美味しいと思ってる私にはお店選びがやりにくい。
でも観光はしやすい街だ、コンパクトで綺麗やし、歴史の深さと近代化がうまいことマッチしている感じ。その間の戦後の時代が抜けてておじさんはどこでご飯食べるんかなって気持ちなだけ!
スープを食べ終わり、ぶりがーだ!(オブリガードの女性バージョン、そしてポルトガル人は最初のオを発音していない)と食器を返して ホステルまで歩く。もうすでに15Kステップも歩いているのだ……疲れた、お昼寝したい!

しかし帰路でおっさんや地元の兄ちゃんが入っていくカフェを見つけて立ち寄り
ナタ😊
4軒目:O Brasão
シナモンが別添えで、つまり中には入ってなかった。どっしりしっかりもっちりしてて、片栗粉でカスタード固めてるんかな?ってくらいの重さ。縁はぱりぱり。美味しかった!
エスプレッソと合わせて€3(≒560円)
ホステルでだらだらして 半分寝てたら人が入って来た。着信音が鳴り、その人が答える、「誰かが寝てるから下に行ってまたかけるね」に、日本語!!?!?!?しかし同部屋にアジア人は、中国人判定した最初の女性しかいないのである。
日中韓女性の見分けには人並みに自信があったが、眉毛の形と真ん中わけの長い黒髪が日本人離れしていたので見誤った。まだまだだなあ。
しばらくして起きて、また外に出る。
4時半でも弱まらない日差しの恩恵を存分に受ける白人男性たち。暑くないんかなあ?

角を曲がると ふと坂なのである。
リスボン大聖堂を横目に
アルジュべ〜レジスタンスと自由〜博物館へ。

ファシズムと戦った時代のポルトガルについて展示されている。入場料は€4(≒740円)
基本的にポルトガル語のみ、たまに英語の表示。展示すべての英語翻訳バージョンはオンラインで見られる。
入場料がそんなに高くないことからわかるように、30分あれば十分見て回れるくらいの規模だった。
Não(No)の文字は、サラザールという独裁者の演説から。何も訊かず疑問を持たず抗わずただ従え、とかそういう内容。

1974年に革命が起こるまで、独裁制は続いたという。年表を見ると 最近のことだなと実感されてちょっと怖い。


独裁制の終わりと共に植民地も独立してったらしい。リスボンの街にはアフリカ系が目立つ。それにブラジルから移住する人も多いんだろうな。
展示は、ポルトガル人がどのように秘密警察と戦ったか、レジスタンスが機関紙を発行するための工夫、男が外に出て会合し 抗議活動をする間 女は家を守り消音タイプライターで記事を書きと男女の役割がくっきり分かれていた、など、思想のバトルに重きを置いていた。第二次世界大戦では配給制度が厳しかったが、開戦前から独裁者により物資は配給制だったという。
閉館の1時間前に滑り込んだので駆け足になったが、そもそもポルトガルのファシズムなんて知りもしなかったので きっかけになってよかった。
気になってたお皿屋さんに行って

何も買わずに出て、ご飯を食べることにした。
とくに食べたいものがなかったので、帰路にある、初日に来たマーケットを再訪。
バカラオ(鱈)のコロッケ€1.95(≒340円)
ねちねちで美味しかった。芋感が強くて日本のコロッケを思い出した。
アロス・デ・マリスコ€18.5(≒3,410円)
これはめちゃくちゃ美味しかった!昨日のお鍋いっぱいのおじやに 勝るとも劣らない……いや勝りはしないけど、肩を並べかけるくらい美味しかった!高いけどね〜
たくさんのエビや 剥かれたカニ、ひとつだけ貝が入ってて具にも大満足やし、海鮮の旨みを吸ったお米が今書いていて唾を飲み込んだくらい美味しかって、満ち足りた。幸せやなあ、と、ぽっかり思った。
飲まないと決めていたはずのビールをいってしまった。しかもなんか高かった😡€4.2(≒780円)
そして仕上げの
ナタ😊
5軒目:Manteigaria
€1.5(≒280円)
小さめで、生地はサクッとしてるけどパリパリじゃなくて、スパイスも効いてなくてとてもシンプル。少し卵くさくて 私の好きなパステルデナタだった!こんぐらい無個性の方が美味しいんよな〜、たぶん甘党じゃないからかな。

美味しい物を食べて 晴れた街をそぞろ歩くだけで幸せになれる自分はお手軽だなあ。しかし食の幸福は持って1時間なので、不幸を消し去ってはくれないし。幸せでいるためには食べ続けなくてはいけないけど胃のキャパシティは知れてるし。
ビールを久しぶりに飲んで ふわふわして バーがあるのでもっと飲みたくなったけど、やめた。足るを知る、べきであるなどと珍しく考えたからである。私にない概念なのでびっくりした。足るを知らなければ幸せにはなれないわな。でもいつまで経っても足りないんだもーーん
変な鳥を見つけて、しばらく見上げた。

明日はリスボンを出て、この旅最後の目的地へ向かう。
早起きして またポンデケージョ買いに行こっかなあ



























































































































































































































